

長野県では、水の大切さの再認識と環境保全、また地域の活性化に役立てるためとして湧水等の中から特に優れた15箇所を「信州の名水・秘水」として平成22年に選定しています。選定条件は良好な水質、優れた環境、歴史的価値を持ち地域の誇りとして住民に守られてきた水という事になっているので、単に水質が良いだけでは名水・秘水にはならないようです。
ところで、“秘水”という聞きなれない言葉にはどんな意味があるのか。調べてみると、― 他人に知られないように内密に用いる水。また、神秘な水 ― とありました。内密では選定されないので、ここでは神秘な水ということになるのでしょうか。「信州の名水・秘水」15箇所のうち当ホテルから比較的近いのは真楽寺にある「大沼の池」で、場所は小諸市と軽井沢町の間にある御代田町とのこと。まだ訪ねたことのない場所でもあるので神秘な水を求めて出かけてみました。
最初に御代田町役場にある観光協会を訪ね観光パンフレットを頂く事にしました。御代田町役場はとても大きくてきれいです。ウィスキー蒸留所の跡地に5年前に建てられたそうで、入口には当時の蒸留窯が設置されていました。ウィスキー造りについては興味深い話があるようですが、その話のレポートは次の機会にすることにしました。
観光パンフレットによると、真楽寺は浅間山の鎮守の祈願所として聖徳太子の父用明天皇の勅願により587年に建立され、1145年に現在の場所に移築されたとあります。参道には仁王門もあり境内には三重塔の他芭蕉の歌碑や源頼朝が植えたとされる梅など見所や伝説も多そうです。
駐車場は随分大きいのですが当日は他の車はありませんでした。お寺の案内図を見ると境内の奥には大きな子育て地蔵があり、その奥にはしゃくなげ公園もあるので時期によっては随分賑わうのかもしれません。
仁王門の先の杉林を歩き、急な石段を上がり始めると右側に今回の目的である「大沼の池」が見えます。池はお寺を見た後でじっくり見学するとして、まずは石段の上の観音堂、三重塔へと進みました。
長野県は全国的にみても三重塔が多い県ですが、その中でも一番高さがあるのが江戸時代建立の真楽寺の三重塔と言われています。県宝に指定されていますが、柵がないので周縁に上がって一周回ることができ木組みも間近に見ることができました。
塔の横の石段を登った所には水分神社があり、「大沼の池」の水が灌漑用水として六か村で使われていてその分水を司る神、農耕守護神ということのようです。何かお話が聞ければと思い本堂の方に行くと住職の読経が聞こえてきました。声もかけられないので、「大沼の池」に戻ることにしました。
「大沼の池」は近くで見ると思ったより大きな池で、透明度も高く緑に見えたのはゆらゆら揺れる水草でした。あふれた湧水は用水として流れていきますがその水量の多さにも驚きました。
池の北側には如意宝珠をくわえた龍の像が設置されています。この池に伝わる龍神伝説によるもので、御代田町ではこの伝説にちなんで毎年7月に龍神祭りを開催しています。
観光パンフレットによれば、祭りに登場する龍はなんと45m。ここ真楽寺で開眼式を終えた龍は担ぎ手によりこの「大沼の池」を練り歩き、その後、御代田駅近くにある「龍神の杜公園」で龍の舞が行われるなど夏の一大イベントとあります。御代田町は今回初めて来たので知らない事ばかりですが、そんなに大きな祭りがあるとは思いもよりませんでした。
池の事や祭りの起源など詳しく知ろうと御代田町の図書館に行ってみることにしました。
図書館は「エコールみよた」という複合施設内にあり公民館や縄文時代の遺跡を展示した「浅間縄文ミュージアム」が併設されています。スタッフの方に関係する資料がないか尋ねると池と祭りに関する事が書かれた御代田町誌を用意してくださいました。
町誌には、「大沼の池」の水は太古から飲用にされたもっとも原始的な上水の典型で付近に原始時代の遺跡が広がるのはその為と書かれていました。「浅間縄文ミュージアム」は御代田町で見つかった遺跡の展示なのでうなずけるところです。
「大沼の池」の水は浅間山の外輪山である標高2000mの「牙山(ぎっぱやま)」の南斜面に降った雨や雪が厚く堆積する地層を潜って地下伏流水となったものです。標高900mのところにある「大沼の池」の水温は年間12℃と変わらず、水質の総合的な性状を示す水素イオン濃度(PH)は6.6の中性でたいへん美味しいとありました。湧水量が多く美味しい水なら古くから大切に守られてきた理由もよくわかります。
そうなれば龍神祭りの起源についても興味が沸くところです。
町誌によると「大沼の池」に伝わる伝説を発展させた龍神祭りは町の観光行事の目玉にするために昭和57年(1982年)から始まったとありました。今年で43年ですのでまだまだ新しいお祭りという事で少々驚きましたが、県外からも見物客が来て周辺の駐車場がいっぱいになるという事ですから町おこしとしては大成功なのかと思います。
施設を入った所の正面に龍神祭りの様子を描いた大きな絵があり、町の人がいかにこのお祭りを大切にしているかが伝わってきます。
図書館を出て、駅近くにある「龍神の杜公園」へ行ってみました。ここは名前の通り、祭りのイベント会場にするために作られたような公園で龍を保存する「龍神の館」という建物や すり鉢状になっている広場にはステージもありました。古代から受け継がれた銘水を守る事の大切さをお祭りを通して広めることは「信州の名水・秘水」の選定条件そのもののようです。
観光パンフレットに ― 御代田町は浅間山に抱かれた高原のまち ― 確かに「大沼の池」も浅間山に抱かれた「名水・秘水」ということになりますね。
御代田町誌には、白一色の氷雪に覆われた厳寒期でも「大沼の池」の池面からは湯気が上がり池中には水草が青々と繁茂している、とありますのでこれは正に神秘。雪景色の中にヒスイ色に輝く秘水も一度は見てみたいものです。
*「大沼の池」の湧水は生水での飲用はできません。